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【リブインケアギバーで永住権取得!】暖かなご家族のサポートで苦難を乗り越え、 無事永住権取得

永住権取得者インタビュー

更新日:2024年4月2日

ビザの種類・
移民カテゴリー

リブインケアギバーによる移民申請

お名前

Masako様

職業

約9ヶ月

永住権申請から
取得までの期間

Caregiver

申請者の
コメント

最初に前置きしておきたいと思います。
私の事例はあくまでも異例ですので、一例として読んでいただきたいと思います。

カナダに留学するきっかけとなったのはどんなことでしたか?

私の専攻は幼児教育・福祉関係なのですが、短大の時に、教授のお兄様がトロント大学で教授をされていた都合で、夏休みに限定人数で2週間のデイケア・福祉施設見学等の機会をいただきました。カナダの教育は、まさに私が育った幼少時代そのもので、現代の教育内容とはまったく違い、とにかく幼少時代を尊重するものでした。

私は伊豆と関東の育ちなのですが、私の通っていた幼稚園・小学校では毎日どろんこになって、たくさんの自然を活かした、実に思い出のたくさん残る楽しい幼少時代を過ごしました。日本特有の「あれ駄目、これ駄目!」というのではなく、最低限のしつけで子供らしい時代を過ごさせてもらいました。

丁度トロントへ行った頃は、就職活動にも力を入れないとならない時期が近づいており、しかし、現地の子育てスタイルにドキモを抜かれ、私の理想そのままだったこともあり、実に就職に失望させられた瞬間でもありました。日本の教育に不平不満を言うつもりはありませんが、私の理想とするものではなかったのです。当たり前のように就職もほぼ決まっていたところを、教授に頭を下げてまで断ったほどです。

そして、まったく関係のない職業に就き、6年ほど過ぎていきました。留学の気持ちも段々と夢のようになり遠のいていた時に、たまたまバンクーバーへ帰国したカナダ人の友人より「ネットの教師紹介の欄に載ったから、見てみて!」とメールがきたのですが、それがまず、ビザJPカナダと繋がった始まりとなりました。

Jazzercise

そこから沸々とカナダへ行きたかった自分を思い出し、なんとなく学校を調べ始めたのです。まず、漠然と英語を鍛える=語学留学、では精々限界が3~4ヶ月です。私はそのとき26歳でした。仕事を辞めるのは30歳、それまでにお金を貯める、というビジョンを立て、その後はどうするのかを考えました。そこで幼児教育の専攻をいよいよ活かすときだと考え、ビザJPカナダのグループ会社であるJPカナダ留学センターと連絡を取るようになり、1000万のお金を貯め、31歳のときに学生ビザでバンクーバーへ来ることになりました。バンクーバーにした理由は、車を持たない、という条件を考えると、交通の便がとても便利である、気候も都心に似ている(地元は神奈川県小田原市)、東側の-30度はどうしても嫌!ということで決めました。

始めは、語学をもっと強めるためにESL、それからTOEIC、TESOL、そして小学校英語指導者資格(J-shine)も勉強しました。そしてECE(Early Child Educator保育士)を、日本の免許を移行しないで、取り直しました。実に内容の濃い、満足な学生生活を得たと思います。小学校英語指導者資格(J-shine)とECE(Early Child Educator保育士)とは、勉強内容はまったく違うので、どちらもお勧めです!

学校卒業後はどのように過ごしましたか?

Averys Salon

その時点では移民(永住権)にまだ興味はありませんでした。今思うと、これといった強い思いを説明するところまで心の準備ができていなかったのだと思います。

その後、ECE(保育士)として就職をしました。デイケア(保育園)です。そこから、私の思考はどんどん確かなものへと成長し始めました。もっとここで子供たちと向きあっていきたい、ここでは私の理想とする幼児教育ができる、そういった想いです。そこで、カナダに残る方法を、当時まだ立ち上がったばかりのビザJPカナダに相談することを、JPカナダ留学センターより勧められました。

その後、ビザ申請で苦労はありましたか?

私は年齢の問題もありましたので(既に33歳)、ワークビザの取得をどうするかでした。当時、リブイン・ナニーとしてプログラムを完了し、移民を申請するという方法が一番望ましかったので、それで進めていきました。

しかし、ここからが私の波乱万丈のカナダ人生の幕開けでした。まず、ビザを国境に取りに行ったとき、携帯の思わぬメッセージを「誤解」され、尋問に約1時間も付き合わされたことがあまりよいスタートではありませんでした。その年、信用していた雇用主のまさかの飲酒運転により(当人はうまく隠し通していた)、当然本人は職を失い、たった7ヶ月にて私の就職期間は終わってしまったのです。(私を雇うお金がなくなった)

このときに、私のECE免許でさえも巻き込まれ、Ministry(免許管理をする本部)より捜査が終了するまでホールドをされてしまいました。もちろん私は無実でしたが、電話での事情聴取(本当に知らなかったのか)を余儀なくされました。電話はいつかかってくるのかわかりませんでしたが、1月に宣告されてから8月にかかってくるまでの間は携帯電話音が恐怖でしかありませんでした。その後、携帯電話音に対する恐怖心、警察が家を訪ねてきたときのサーチライトがベースメント(地下部屋)の窓から差込む様子、パトカーで病院へ付き添わなくてはならなかった等のおまけ付の体験のおかげでPTSDもつきまといました。

捜査が終了するまでは約1年少しかかりました。その間、もちろん免許は使えません。ですので再就職先を見つけるのも絶望的でしたが、友達の就職先関係を巡り、デイケアにてなんとかビザの協力をしてもらえることになりました。実はこのとき、私はお金がありませんでしたので、ビザJPカナダに全てをお願いすることができなかったのです。それでも、相談に応じてくださり、アドバイスをくださり、なんとか自分で書類を作り上げました。

そして事件から1年後、また働くことになるのですが、ここでも今度はLMOに沿った労働条件をさせてもらえず、当然移民申請などできるはずもなく、就職期間も11ヶ月で終わることとなります。さすがに、もう帰国を考えなくてはならず、11月で失効となるビザを思いながら子供のお迎えを待っていたある初夏の終わり、その子の母親から意外な一言をもらいました。

「あなた、ビザが切れたらどうするつもりなの? 実はね、ナニーを探そうと思うんだけれど、興味ある?」

保育士としての就職のみを考えていたけれど、ケアギバーにここで転向したのですね?

はい。まさに、目から鱗でした。一瞬にして希望の光が差し、あ、もしかしたら私、カナダにいることができるかも・・・。と、どきどき胸が躍り始めたのを今でも忘れません。

そこで、以前からお世話になっていたビザJPカナダに改めて連絡を取りました。今回はひとつのミスも許されないので、ビザJPカナダに全てお願いしました。これで3度目にもかかわらず、担当コンサルタントの山下さんは、丁寧に書類手続きの準備をしていただきました。

Ambleside Park

書類手続きも、たくさんのドラマが実はありました。ややこしい書類、幾ら専門家に手伝ってもらっているとはいえ、初心者である雇用主にとってはややこしいのは確かです。しかし、山下さんは、私と雇用主の間へ入ってくださり、なんとか当人のストレスを回避すべくお力を貸してくださり、無事にビザの取得まで勧めることができたのです。

最高の、とても信用のできる、今では家族と言えるこのファミリーと出会い(子供は3人姉弟妹です)、労働時間も前回のと足してクリアし、とうとう移民の申請を、という日が近づいてきました。

心を躍らせながら山下さんと連絡を取ると、思わぬ現実があったのです。当時の首相が移民にあまり心を開いてないことで、労働ビザには4年という枠組みができていました。私はなんと、その枠組みから労働時間達成日(22ヶ月労働3900時間)がたったの5日間だけ外れてしまう計算となってしまったのです。もう絶望しかありませんでした。どうにもできません。決まりは決まりです。でも、私が諦めずに頑張ってきた、踏ん張ってきたこの5年間はなんだったのでしょうか・・・本当に吐きそうでした。このとき、別案としては、現雇用主の元で22ヶ月労働を達成するという案。ゼロからのスタート。すると更に働かなければならないということ、と共にでてきた問題としては、雇用主があと半年で職場復帰をすることとなり、私は継続してフルタイムでは働けないということ。

とうとう日本へ帰らなくてはならないのか・・・

私の家族は皆でずっと応援してきてくれました。将来、甥っ子も海外へ出られるチャンスを作ってあげられる、それもなくなってしまいます。そのときに、私よりも怒りを露わにしたのは雇用主でした。

「どうしてあなたがそんな馬鹿みたいな損をしなくてはならないの?」

「ここで本当は申請条件を達成しているはずなのに、どうしてよ?」

「カナダに住むのは夢だったんでしょ?諦めるの?ぶつからなきゃ駄目よ!!」

と、とんでもなく怒りくるってくれたのです。彼女は私の過去の2人の雇用主によって移民申請を諦めざるをえなかった過去を知っているので、ある日、移民を斡旋しているノースバンクーバーのある政治家に相談に行ってくれたのです。初めの就労時間を活かして移民申請すること。ゼロからやり直す必要のないように・・・。そこでも私の話に心を動かしてもらえ、CICに向けて手紙を書いてくれました。山下さんもやってみる価値はある、ということで、この5日間を奇跡に変えるべく、移民申請をすることに動き始めました。

Lynn Canyon Park

4月中旬、いよいよ書類が全て整い、移民申請を提出しました。ここからも、なんともいえないストレスな日々スタートです。しかし想いは通じ、私の申請書は無事に受理してもらえたのです。過去とは違い、今では書類の処理が早くなっているので、なんと、夏までには受理番号と更にオープンワークビザが届きました。それから、12月には1月3日のインタビュー通知がきました。申請から約9ヶ月で移民を取ることができました。来加してから10年目です。

大変なご苦労があったのですね。今周りの方にどんな思いがありますか?

Family

私には、ここにたくさんの心からサポートしてくれる家族的な友人たちがいます。時に、食事まで恵んでくれたり、遊びに連れ出してくれたり、励ましてくれたり、色々と助けていただきました。だからどんなときも乗り越えていくことができました。ノースバンクーバーでは、保護者同士でも私の存在は知られているので、口コミでも個人的に仕事の依頼を受けています。とても感謝です。お蔭様で現在は、スポーツインストラクターの免許も活かし、幼児教育とともにフルにエネルギーを注いで生活をしています。

永住権を目指している方にアドバイス等はありますか?

私は過去の雇用主に対して過剰に自信がありました。私がしっかりとサポートしてしっかりしていれば大丈夫、という心です。馬鹿だとは思いましたが、それくらいしっかりとしている自信があったのです。しかし、それは本当に間違っていました。自分と歯車が合っていない人達からは、必ずしっぺ返しがくるということ。結局、何らかの形で巻添えを食らうことになるのです。自分ひとりでは解決していくのは不可能です。必ず、心から信用できる雇用主様と出会ってください。少しでも不安があったときはきっと違うのです。

私は、ビザJPカナダに質疑応答を含め、とても細かく丁寧に助けていただきました。一方的にお任せするのではなく、自分自身も、今どこでどの状況なのか、疑問に思う点は何かなど、お話をとにかくたくさんさせていただきました。担当してくださった山下さんは、面倒がらずに、きちんとお答えしてくれました。長い結果を待たなくてはならなくても、状況説明をきちんとしてくださったおかげで、もう少し我慢して待ってみようと乗越えられました。ですので、本当に感謝しています。

自分自身で大切なことは、目的と情熱が明確に強い意志で固められていること。トラブルや思わぬ方向へ進んでも、ぶれないで踏ん張る力が湧いてきます。もちろん、漠然と海外に住みたい!カナダに住みたい!でもよいです。しかし、私はどうしてここに残りたいのか、どうして日本ではダメなのか、何をここでやりたいのか、それと毎回じっくりと向き合い、自分を励まし、ここで折れてたまるか、と精神をたたきながら乗り越えてきました。私を大馬鹿野郎だと思った方はたくさんいらっしゃると思いますが、私はこの過去に、人との絆を深める、そして新たな出会いの意味など全てにプロセスがあったのだと、決して損した過去であるとは思ってはいません。逆に、感謝すらあります。今では日本の地元と同様に、人間関係にとても恵まれています。

Willis

これを読んでくれたどなたかがもし挫けそうになったときに、こんな人もいたな、と思い出していただけましたら、まずはビザJPカナダへご相談をしてみてください。読んでいただきまして有難うございました。

ビザJPカナダなしではここまでこれませんでした。ビザJPカナダの皆さん、山下さん、本当に長い間お世話になり、心より感謝しています。有難うございました。

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